2009年05月05日

南太平洋の島々概観 【2】

<地形>
  大きく分けると、火山島と、陸地をサンゴで囲まれた島(サンゴ礁だけから成る島もある)、そしてその2つが混合した島に分けられる。サンゴ礁と砂地だけの島々は高さがないので、かなり近くなるまでそこに島があるとはわからない。(一番背が高いのはヤシの木だ。) 
かつて、海図なしに航海したクック船長はたいしたものだと感心する。
特に火山島を実感するのは、「マルケサス諸島」だ。切り立った山々の間の小さい平地に人々が住んでいる。隣り合った湾から湾へ歩くにも一山超えなくてはいけない。シャワーを浴びているように汗をかいた。拾って食べたマンゴーの味は格別だった。
  そこからたった300マイル南のツアモツ諸島はサンゴ礁の島々である。与えられた自然によって人々の生活が変わる。当たり前のように聞こえるが、次から次へと島を訪ねる中でしみじみ実感した。

<信仰>
  南太平洋はキリスト教信仰がほぼ100%を占める。サモアなどは特に敬虔で、日曜日の教会にはよっぽどの理由がない限りサボることは許されない。前もって許可を得ておかないと村やコミュニティー単位で責められることになる。しかも午前中3時間ほどミサは続くという。
教会には正装でいくのが習慣だ。クック諸島では、女性はてっぺんに貝を編みこんだ手製の帽子を被る。その帽子が家の軒先に誇らしげに掲げられているのが印象に残っている。南の人々の気質により、最後は太鼓やギターで大合唱となる。私も参加し、気持ちのいい朝の時間をあちこちで過ごさせてもらった。イースター島のミサでは最後に隣りの人と手をつなぎhugを交わした。素敵な習慣だ。

<教育>
  初等教育は徹底しているが、それ以上の教育を受ける子供は富裕層に限られている。クルーの一人が「12歳で定年だね。」と笑った。そんな人生もあるんだな、と納得する一方、それで終わっていいのかな?と考えてしまう。その人生しか知らずに生きている彼らには当たり前で、他の生き方を知る必要も知らせる必要もない、とも言える。かつて私が「船に子供達を乗せて旅をするのが夢だ。」と友人に話した時の「無責任に一時の楽しみだけ与えてどうする?」という意見が蘇り、しばし考えた。
  南太平洋の島々には既に西洋の文化の波が届いている。そして「もっと知りたい」という憧れがある。バヌアツの若者が、「肉やパンは”Whiteman’s food”(白人の食物)と呼ばれてる。滅多に食べられない貴重な物だ。」と言っていた。フィジーの小さい島の学校でも、イギリスの教育法を採用し英語で授業を行っている。しかし同時に独自の文化を守りたいという意識もある。
  それで一体私は何をしたいのか?
  今のところ私がたどり着いた答えは、友達になった子供達をこれからもっと知り、彼らの村を知ることで、求められることやできることが見えてくる、というものだ。独立国である島々の将来は子供達が握っている。次の時代を担うリーダーが富裕層の子供だけに限られてしまうのは惜しい。私が出会った中に賢い子供達がたくさんいた。彼らが様々な可能性を知らないまま自分の村に帰って畑仕事で一生が終わるのはもったいないと思う。そして私が彼らから学ぶこともたくさんあるように思う。
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2009年04月14日

南太平洋の島々概観 【1】

<はじめに>『南太平洋の島々は豊か?』
  私の答えは「豊か」である。日本に生まれ育った私の「物の量が豊かさにつながる」という価値観から離れて、肌で感じたことである。<ソーレンラーセン>で訪れた南太平洋の島々は、イースター島、フレンチポリネシア(タヒチ、マルケサス諸島、ツアモツ諸島etc.)、クック諸島、サモア、トンガ、フィジー、バヌアツ、ニューカレドニアであった。自然と共にある人間らしい生き方は、人々の心を豊かにする。総じて物の量は少ないが、気候のおかげで食べるものは土から恵まれる。小学校の基本学習事項は農業であり、ほとんどの子供は小学校を終えると村に帰りそこで一生農業をしながら生きていく。一日中身体を動かし、よく笑う。家族や村の仲間を当り前に大切にし、自分の村を愛している。

  別の国からの資本が入っているフレンチポリネシアは少し別格であった。小さい島でも道路が整備されそこをピカピカの車が走っている。家の庭には日本と同じような子供のおもちゃが転がっている。銀行・郵便局・スーパーマーケットなども立派であった。タヒチの中心街に至っては完全に「都市」である。
  特に「物が少ない」と感じたのはイースター島であった。チリ領であるため定期的に物は送られてくるが、髪を結うゴム一つも重宝がられた。またバヌアツの小さい島々では、野菜や貝殻で作ったアクセサリーを観光客の洋服と物々交換する。私は、自分の頭の大きさ程のパイナップルをもらった。
  クック諸島のある島では、野菜と魚が日常の糧だが、クリスマス等の特別な日に、飼っている豚を食べる。

<産業、文化>
  フレンチポリネシア〜バヌアツにかけて観光業の次に主な産業といえば、ヤシの実である。コプラと呼ばれるヤシの実の果肉を乾燥させたものを輸出している。食用や、香水などに使われるのだ。島のあちこちで、大きい金網の上に二つに割ったヤシの実を山のように積み重ねて干しているのを見た。また、フレンチポリネシアでは真珠の養殖が盛んだ。真珠育成の技術を紹介しているお店も訪ねた。ツアモツ諸島で会ったおばさんが、「日本人も働きにくるのよ。あなた達は賢く器用だからすぐ技術を覚えちゃうのよね。結構いいお金になるわよ。あなたもどう?」と本気で勧められた。また手工芸品には、草を編んで作るカバンや敷物、貝で作るアクセサリー、木や石の彫り物などそれぞれの島独特のものがあった。珍しかったのは、トンガの「木の皮を棍棒で叩いて柔らかくした紙」であった。タパ(tapa)と呼ばれる。その紙に自然の色で独特の模様を染める。色といい、手触りといい、気に入った。
  どこに行っても魅力的なのは、やはり音楽である。そしてそれに伴うダンス。地元のミュージシャン(もしくは単に道端で歌っていた人々)を船に招いてダンスパーティーとなったことは何度もあった。誰かからもらった弦が足りないギターと、手作りのシンプルな楽器たちで演奏される音楽。 (膝に乗るほどの大きさの丸太をくり抜いて木の棒で叩く太鼓や、木の板に釣り糸が張ってあるウクレレ。丁寧に彫刻がほどこされている。) そして腹の底からの歌声。地元の人たちと船のお客さんが混ざり合って踊る愉快なひと時。

  トンガで会った青年が私のウクレレを手にとって鮮やかに弾いた。ポリネシアの曲を教えてもらおうと「ん?それは何コード?A?F?」と聞くと「コードなんて知らないよ。聞いたまま弾くだけさ。」とラジオで聞いたという曲を次々と弾いてくれた。彼自身のギターは、チューニングをしてもすぐ狂ってしまう代物だったが、気にせず出てきた音を使って弾くのだという。
  バヌアツではどこの村に行っても同じメロディーが聞こえてくる。人が座れるくらいの木の箱に木の棒を突き刺し、その先端と箱の間に紐を張る。それをはじいて音を鳴らす典型的な楽器がある。ベースとでもいえよう。木の棒の角度を変えることで音程が変えられるのだ。その他にウクレレや太鼓などで結成されたバンドに各島で出会ったが、面白いくらい同じメロディーが奏でられる。ある村で「どうして違うメロディーを弾かないの?」と聞いたところ、驚いたような真面目な顔で「僕たちはこの音楽に誇りを持っているんだ。歌詞は変えるさ。でもメロディーはこれしかないんだ。」と説明してくれた。
  タトゥー(刺青)も一大観光事業であった。どこの島にもインクを肌に入れる立派な機械があって、痛みはないという。柔らかい線やモチーフは南太平洋ならではのもので、私も好きだ。船のクルーはこぞって背中や腕や足に入れていた。「太陽・波・イルカ・カメ・鳥・花・草・守り神(tiki)」などシンプルなモチーフが、柔らかくでもハッキリとした曲線で描かれていて気持ちいい。タトゥーはもともと権力を示す重要なもので、古代に彫られていたモチーフが、現在研究され復活しているという。マルケサス諸島で会った「彫り師」は、顔の半分に刺青が入っていた。お兄さんが彫ったと言う。昔は木の彫刻家であったが刺青に転向したという。基本は同じなのだろうか?彼はちょっとした売れっ子で、フランスかどこかの雑誌の「世界の注目の彫り師特集」に載っていた。彼に入れ墨を入れてもらったクルーは4人。4つを見比べると、各人の性格を一瞬にして捉えたのかと思うほど、線の太さや全体のイメージがそれぞれに合っている気がした。しかし、私は見ているだけで充分である!
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2009年04月10日

フレンチポリネシアに足を踏み入れる【6】

  翌日は絶交のピクニック日和で、他のクルー・お客さん達と山登りをした。水・カメラ・タオル・おやつ・日焼け止めを持って出発!ものすごい日差しの中、日陰のない長い道を歩く。しかし皆ご機嫌で、汗も気持ちよく感じる。蝶々が飛び、雀が5,6羽列になって横切り、馬が庭にたたずみ、犬猫ニワトリがウロウロしている。ヤシの木、松の木、ブレッドフルーツ(緑色のソフトボール大くらいの実:油で揚げて食べる。フライドポテトのようだがあまり味がない。)、ポンポンムース(グレープフルーツ)、ライム、パパイヤ、バナナがあちこちに見える。活き活きとした緑の中に、ハイビスカスや名前の知らない赤黄紫のカラフルな花々が鮮やかに咲く。なんと豊かな自然か。
  1時間程歩いてやっと登山口にたどり着いた。高さ500m程の簡単に登れる山だった。登山口に、馬に乗った少年がニコニコしている。始めは照れていたのかさりげなく着いてくるだけだった。見えなくなったと思ったら近道を通って突然目の前に現れた。この登山道の管理をしているという。草むしりをしたり、こうして登ってくる人を案内するのだそうだ。健康そうな、笑顔がかわいい少年だった。帰り道、自分の庭に招き入れココナッツを取って中のジュースを飲ませてくれた。ひょいっと馬の背中に立って高いところの実を取り、それを長さ60cmはある刀でササっと切って飲み口を作る。見事だった。
  その後、スーパーでアイスクリームとビールを買って砂浜へ。しだいに日が暮れていく。あるお客さんが友達になったという家族が、抱えきれない程バナナを持って岸に現れた。その子供達と、ボートの迎えが来るまで遊んだ。ひと時も止まらず駆け回る4歳と6歳くらいの兄弟。始めは照れていた2人だったが、後をついて走り「見て見て魚!あっちにも!」と言っている内に仲間に入れてもらった。やんちゃな笑顔が可愛かった。
その晩もデッキハウスの上、星空の下で寝た。翌朝は、3〜5時のアンカーワッチ。そして6時に出港準備が始まる。
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2009年04月07日

フレンチポリネシアに足を踏み入れる【5】

  トゥブアイにはそれから丸2日滞在した。13人のクルーも1日ずつ休みをもらった。もう一方の日はメンテナンスと送迎ボートの運転をする。私は初日が仕事日。気持ちのいい天気だったのでマットレスをデッキ中に並べて干した。デッキ磨き、トイレ掃除、床掃除など一通り日常の仕事を終えた後、船体の錆落としを言いつかる。(待ってました!)
  ゴムボートに乗って足場がグラつきながらスプレーする。しかも潮が強く、ボートをしっかり結び付けないと流されてしまう。島の周りをぐるっとサンゴ礁が囲んでいて、ところどころ水が出入りできる隙間はあるものの、それらが狭いので降った雨が流れ出す時に潮が強くなるのだ。もう一人のクルーと共に協力しながら楽しく作業した。ランチまでに船体の片側、午後に反対側。船はなんとか白い姿を取り戻した。夕方マットレスの取り込みが終わると、1等航海士が「僕のおごりだ」と言ってクルーにビールをふるまってくれた。お客さんが帰ってくる前の静かで穏やかな夕暮れ。
  その日は日曜だったので、夕飯は恒例の “サンデーロースト”であった。英国の伝統だというが、実際家庭ではすたれているらしい。コックさんが時間をかけてローストするお肉はおいしい。週によって牛、豚、羊、鳥のバリエーションがある。(これらの肉は、ニュージーランドで積み込み冷凍庫に入れておく。去年は、8ヶ月間の南太平洋航海の中間地点・クック諸島で買い足した。欧米人は肉好きだ。) さらにワインがグラス一杯振舞われる。いつものTシャツ・短パンではなく、一張羅でおしゃれする決まりになっている。とはいってもクルーは大した服を持っていない。南国ではいつもパレオを巻いていた。
  航海中、揺れている中でも「サンデーロースト」は実行されるがワインがこぼれてもったいない。その晩は、久々の宴会のような雰囲気で皆夜遅くまで話していた。気分の乗ったお客さんがワインのボトルを開け皆に振舞う。翌日休みだった私も最後まで輪に残っていた。その後、ほろ酔い気分でデッキに出てウクレレを少し弾く。試しに携帯電話のスイッチを入れたら電波が来ていた。嬉しくなって家に電話をかけようとしたら、電池切れ。おとなしく眠る。


※船の電力について:
240Vの電源が使えるのは、船のジェネレーターが動いている時に限られている。通常、朝7〜12時と夕方5〜10時の計10時間。その間しか、PC/デジタルカメラ/電話などは充電できない。船は、そこで充電したバッテリーで日々の生活に最低必要な電力をまかなう(24V)。室内の電気や航海灯・航海機器などである。
posted by 船乗り真帆 at 13:10| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月05日

フレンチポリネシアに足を踏み入れる【4】

※アラームこぼれ話:「明け方4時のスモークアラーム」
  航海中、12−4時のワッチグループはたまにパンを焼く。だいたい2時頃から生地をコネ始めて40分程置いて膨らませ、1時間焼いてちょうどワッチ終了時に焼きあがるようにする。4時近くはワッチが終わる嬉しさに加えて、パンへの期待で幸せな時間だ。
  ある明け方、私がその時間に「船点検」をしていた時である。デッキ上の点検を終え、デッキハウスに入った途端、階下でアラームが鳴っているのが聞こえた。スモークアラームだった。慌ててパンをチェックしたが焦げていなかった。「何か別の原因だ、これは大変!」と急いで降りていく。アラームに起こされた不機嫌な人々が私を見た瞬間「パンだ!パンだ!パンを焦がしたな!!」と攻め立てられる。濡れ衣である。しかしその場は、「ごめん、ごめん」と謝ってアラームを止める。とにかく異常がなかったのでホッとする。
  結局原因は、オーブンの底に残っていた何かが燃えて煙が隙間から階下に行き、アラームが鳴ったということであった。オーブンは毎晩コックさんがきれいに掃除しているのだがたまたまその日は運悪く残ってしまったのだろう。4時に起こされた人達も気の毒だが、私も「怒られ損」である。しかしすぐ謝ってしまところはやはり日本人なのか。しかし翌朝、濡れ衣が晴れ「いやぁ真帆、怒られてかわいそうだったな!」と笑い話になった。
posted by 船乗り真帆 at 13:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月20日

フレンチポリネシアに足を踏み入れる【3】

※アンカーワッチこぼれ話:「危険と隣り合わせのワッチ」
  風や潮が強い時や、サンゴ礁や他の船が近いと、15〜20分間隔でデッキを歩き回り、風向きやレーダーをチェックする。一通り終えた途端、また突風がきてやり直しということもある。忙しいばかりでなく緊張する。
  1時間毎の「点検項目表」の下にキャプテンが書いた「今日のアンカーワッチの注意点」を、穴が開くほど読み返す。(点検10項目:船の内外全般に火事等の危険がないか・アンカーチェーン・アンカーライト・風向き・強さ・船が向いている方角・レーダー・気圧・水深・ビルジ) その中で最も私を悩ませるのは、レーダーである。
  レーダーは船が流されていないか知るのにとても重要な存在だ。船を中心とした2つの円をモニター上に設定し、陸を目印にして“居るべき場所”が示される。「内円が湾のこの端に触れていれば大丈夫、外円はその反対側。」といったように。そして「この円が0.04マイルずれたらキャプテンを起こすこと。」等と書かれているのだが、風向きによって船はグルグル回転し、その円はしょっちゅうズレる。0.04マイルは74m。確かに小さい湾でそれだけ動いたら大変だ。レーダーの操作に慣れていない私は、どのくらいが0.04マイルなのかパッと見ただけではわからない。カーソルをそーっと移動しながら表示される数字を書きとめ、円のズレ分を計算する。
  初心者の頃、それが「キャプテンを起こすかどうか」判断に困る数字が出た。どうしたものか、と考えていると突然聞き覚えのないアラームが鳴り出した。タイミングがタイミングなだけに驚いた。その音は、防災訓練の時に聞いたアラームやスモークアラームとは違う。結構やかましい。どうしようと思っていると、キャプテンが起きて来て「あぁ」とつぶやいて消す。理由はなんと単なる「プリンターの紙切れ」。でもお陰で船が動いたことを伝えられた。すると外に出て「風向きが変わったからだね、風下にはサンゴ礁はないから、ま、いいでしょう。」と言って再びキャビンに消えていった。今では少し、どんな状態が決定的な危険かどうかの判断がつくようになって、少しの事には動揺しない。慣れすぎるのも良くないけれど!
posted by 船乗り真帆 at 16:21| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月05日

ひらめきKAZI4月号にインタビュー記事掲載

本日発売されたヨット専門誌『KAZI』4月号に、私のインタビュー記事が掲載されました!航海の写真もカラーで入っていますので、ぜひゼヒお近くの書店で探してみてください!!

posted by 船乗り真帆 at 22:19| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月25日

フレンチポリネシアに足を踏み入れる【2】

  翌日、夜中の1時にアンカーワッチ (錨を打っている時の見張り番) に起こされる。通常アンカーワッチは一人で行い、2時間交代である。一人静かに夜を楽しめる良いチャンスであるが、風や潮が強い時は気が気じゃない。また、パンを焼いたり、夜遅くまで起きているお客さんと話したりする。少人数でじっくり色々な話ができるのがいい。 
その時は皆寝静まり、海も穏やかで静かな見張りであった。かすかに左右に揺れ、キシキシ…ブルルル…と絶えず音をたてる。そして波の音。月明かりが海面に反射する。こんな夜は、1時間毎の点検以外、急な外の変化が見える場所にいれば本を読むことも許される。その晩私は絵本を完成させた。あのオーストラリア人の看護婦さんに贈る絵本である。


∞∞∞


アンカーワッチこぼれ話:「お客さんとの会話」
思い出すのは、アイルランド人の小太りのおじちゃんだ。彼はリピーターで、かなり昔からほぼ毎年一回、旅に参加している。早期退職をし、貯金で世界中を旅して生きている人だ。「今じゃ旅が仕事だよ。」とグフフと笑う。無類のビール好きで、旅の目的の半分はビールを飲むことではないかと思われる。私が会った旅でも常に突き出たお腹の上に両手でビールを抱え、ご機嫌な顔をしていた。その船旅の直前もどこかを旅していて、直後にも旅が計画されていた。「この船旅は、ホリデーの合間のホリデーさ。」と言って根が生えたようにデッキのベンチに座っている。他のお客さんが陸に観光に行ったり、スノーケリングをしている間も黙って大きい身体にちょこんと小さいビール瓶を乗せていた。「“ホリデーのホリデー”にはあまり体力を使いたくなくてね。」とグフフと笑う。始めの印象は『かなり変わった人』だったが話が面白く嫌みがないので、しだいに『味のある人』へと変わっていった。こういう面白い人がいると船全体の雰囲気が楽しくなる。昼間に体力を使わないから寝るのも遅い。毎日1本ワインを開けて、夜な夜な一人で飲んでいる。だからアンカーワッチの時に話す機会があったのだ。パン焼きまで手伝ってもらった。「僕は全然料理がダメなんだ。今もほら、ボールを抑えることしかできないよ。」など、私を笑わせ続ける。聞くと、旅を始めてから考古学に興味を持ち、大学に入って学位を取ったと言う。「より旅先の土地を理解するのに役立ってきたね。」と言うので「じゃ、旅の記録をしっかりつてるのね?」と聞くと、「いや何も。ビールが飲めりゃそれでいいのさ。」と笑う。そんな肩の力が抜けた生き方に私は和んだ気持ちさせられた。アイルランド人だけにダークビールを好む。その為、オークランド出港前のビール積込時にはダークビールだけ多めに注文し、その人が来る旅まで必要本数(?)を取って置く。キメの細かいサービスである!
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2009年02月22日

フレンチポリネシアに足を踏み入れる【1】

  4月19日、嵐を超え27日ぶりに陸を踏みしめた。16時に錨をおろし、ほっと一息ついてお茶の時間。久々に甲板に腰をおろして皆和気あいあいとなる。航海を終えた後の船は団結力と開放感でとても良い雰囲気だ。
  一刻も早く陸に行きたいお客さんをボートで送る。私は、マグカップを洗っていた。(1日に延べ何個のマグカップを洗うだろうか!といつも思う。) するとファーストメートに「クルーも行きたい人は行っておいで。」と言われ、日暮れまでのたった1時間だが喜び勇んで行った。27日間、長靴か裸足だったので靴をあわてて探した。
  いざ陸へ、ゴムボートで近づいていく。岸ではにかんだ顔をして立っている子供たちを見た瞬間、「新しい土地に来た!」と感じる。
  南国の島は心をウキウキさせる。カラッとした空気に鮮やかな木々・花の色。フレンチカルチャーの匂うカラフルな建物。村に一歩入ると、エメラルドグリーンの壁に色とりどりのステンドグラスの教会が目に入る。一緒にいたお客さん達も久々の大地が嬉しそうだ。一人が砂浜の露店でマンゴージュースを買ってくれた。お金を使うのも一ヶ月ぶり。皆でゾロゾロと歩き出す。フランス領というだけあり、銀行・郵便局・スーパーマーケット・車など、立派なものが揃っている。道路も整備されている。人々はポリネシア系が大半、フランス本土から来たと思われる欧米系、その他インド系の人々も見かけた。人口は約2000人という。海辺に、ヤシの木に混じって防砂林のように松の木があるのは不思議な光景だった。ノニの木や、名前のわからない小さい白い花が咲く木、花の蜜をすう蜂、砂浜のカヌー。目に入る全てが新鮮に映る。この島ではどんな生活・人生が繰り広げられているのだろうか?いつも新しい島に降り立つ度に思うことだ。
  迎えのボートで船に戻る途中、錆に覆われた哀しい船体を見る。木造船だが、留め具の金属が錆びて滲み出てくるのだ。あの嵐を乗り越えたのだから仕方がないのはわかっていても、2月にNZで約1週間かけてきれいに塗り替えただけに切ない。(この錆びた船体をきれいにする為、酸の一種である液体をスプレーして海水で洗い流す。各旅の終わりや、どこかに入港する前に行う。結構きれいに落ちるが、やっつけ仕事だといつも思う。) その夜は久々に”揺れない”夕食を、デッキの上でとる。皆疲れていたが程良く盛り上がっていた。ちょうど満ちる頃の月が雲に霞んで美しい。その晩は、デッキハウスの屋根で寝た。


*デッキハウス:縦横10m×5m弱の小屋がデッキ上に設置されている。台所&8人くらい座れるテーブルそして、階下へと降りる階段がその中にある。
posted by 船乗り真帆 at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月08日

イースター島を諦め進路をタヒチに 【8】

「いよいよ陸地へ」
  4月16日。トゥブアイに着く3日前、GPSを覆っていたカバーを外した。天測とDRで計算してきた位置とほぼ同じ所にいた。 

  翌17日、夜中のワッチもずぶぬれであった。空は一面雲に覆われていたが、月がその向こうで光っているせいで不思議なグレー色に包まれていた。しかし日の出までには雨は止み、久々に短パンとTシャツ、そして裸足に戻った!この時、海水温度は24℃、気温は23℃で、南緯28度付近にいた。日本の北緯28℃は奄美諸島辺りであるので、もう南国だ。
  その日の朝は一旦風が止み機走に切り替えたが、昼前からまたセーリングに。エンジンを止めた瞬間の静けさは何度経験しても嬉しい。4枚の横帆を張り平均7ktsで快走が続く。風向きも南〜南東と、北に向かうには丁度良かった。昼の時点で、オークランドからの走行距離は3340NM(Nautical Mile:1マイル=1.852km)を記録していた。

  18日の夜中は晴れて、月が美しかった。温かい夜でもあった。カッパも着ず、素足での夜のワッチは「トロピカル」に近づいている証拠である。こんな夜の時間はあっという間に過ぎていく。再びワッチ終了後に焼きたてのパンを食べ、温かい風を確かめてからベッドに入る。ところで、パンは毎日焼けるわけではない。皆がパンを食べつくし、コックさんが昼間焼かなかった時に限られる。そこで12-4時ワッチの人々はいつも「昼間に焼かないでくれ」とお願いしていた。
10時には、トゥブアイまで135NMとなり、皆の心は陸を踏みしめる瞬間への期待が拡がり始めた。いつも長い航海では、「到着時間予想」をする。アンカーを降ろす瞬間の時刻を1予想1本のビールで賭ける。一人何個も予想ができる。去年の勝者は、40本以上のビールを獲得していた。また、最初に陸を見た人はラム酒を一杯もらえる。この旅では、あのオーストラリア人の女性がラムを獲得した。 

  19日、いよいよ陸に到着の日。オークランドを出てから27日間、3500NMの航海が終わる。朝7時に他の人を起こす声で目を覚ます。「陸が見えたよ!」の声に、私は寝ぼけながら「え!ホントに!」とつぶやきまた夢の中へ。10時前に起きて外へ出ると、水平線の彼方に陸が!青空と輝く海面、温かい風――そこは完全にトロピカルだった。デッキ上を歩き回って太陽の光を吸い込んだ。腹の底からふつふつと湧き起こるエネルギーを感じ、手すりから身を乗り出し空に向かってニコニコしていた。それを見た他のクルーに”ハッピー、マホ?”とニヤッと笑われた。

  Tubuai1(c)Maho&SaltyFriends.JPG朝10時のミーティング時、あと15マイル程となる。ランチ前、4枚の横帆をたたみ、エンジンに切り替える。ランチ後、畳んだ横帆をきれいに巻きに登る。航海中は風にダメ―ジを受けない程度にザッとロープで帆桁に結びつけるだけだが、陸を目前にしたこの時はしっかり巻いて帆桁の上に乗せる。”Harbor Stow”と呼ばれるが、カッコよく見せるためでもあり、UV加工がしてある帆の一番上部分だけが紫外線にさらされるようにする為でもある。
  トロピカルな島は、周囲を珊瑚に囲まれている。湾に着くまで暗礁に気をつけて進まなければいけない。かなり慎重なナビゲーションが求められる。GPSの深度計と、海図と、マストのてっぺんからの目視を駆使して進む。この時は、ゴムボートの先導隊が鉛で深さを測る後をついていった。私はマストからの見張りを言いつかり、無線機を持って登る。上から見るとどこもかしこも珊瑚の塊が見える。ヒヤヒヤしながら目を光らせていた。

  無事、16時近く錨を下ろす。(私の予想より1時間半程遅かった!)いつも長い航海後には何とも言えない達成感と安堵感を味わう。素晴らしい航海だった。

Tubuai2(c)Maho&SaltyFriends.JPG

★コラム
『トロピカルの定義について』
北緯23°27′線を”Tropic of Cancer”(北回帰線, 夏至線)、南緯23°27′線を”Tropic of Capricorn”(南回帰線, 冬至線)といい、その間の海がトロピカルシーと呼ばれる。トゥブアイは南緯23°20′に位置し、正にこの時トロピカルに足を踏み入れたことになる。

posted by 船乗り真帆 at 03:41| Comment(44) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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